こんにちは。
桐生です。
あなたは
「逆説の10か条」
を知っていますか?
これは、マザー・テレサの
「孤児の家」の壁に書き記されていた
ことによって有名になったもので、
『人は不合理で、わからず屋で、
わがままな存在だ。
それでもなお、人を愛しなさい。』
から始まる10か条のことです。
ちなみに、この逆説の10か条の作者は
マザー・テレサではなく、
ケント・M・キースという方で、
彼がハーバード在学中に書いた
小冊子の中の一部だそうです。
具体的な内容は以下です。
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<逆説の10カ条>
1.人は不合理で、わからず屋で、わがままな存在だ。
それでもなお、人を愛しなさい。
2.何か良いことをすれば、隠された利己的な動機が
あるはずだと人に責められるだろう。
それでもなお、良いことをしなさい。
3.成功すれば、うその友達と本物の敵を得ることになる。
それでもなお、成功しなさい。
4.今日の善行は明日になれば忘れられてしまうだろう。
それでもなお、良いことをしなさい。
5.正直で素直なあり方はあなたを無防備にするだろう。
それでもなお、正直で素直なあなたでいなさい。
6.もっとも大きな考えをもったもっとも小さな男女は、
もっとも小さな心をもった もっとも小さな男女に
よって撃ち落とされるかもしれない。
それでもなお、大きな考えをもちなさい。
7.人は弱者をひいきにはするが、
勝者のあとにしかついていかない。
それでもなお、弱者のために戦いなさい。
8.何年もかけて築いたものが一夜にして崩れ去るかもしれない。
それでもなお、築きあげなさい。
9.人が本当に助けを必要としていても、
実際に助けの手を差し伸べると攻撃されるかもしれない。
それでもなお、人を助けなさい。
10.世界のために最善を尽くしても、
その見返りにひどい仕打ちを受けるかもしれない。
それでもなお、世界のために最善をつくしなさい。
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うん。
すばらしい内容ですよね。
これをすべて実践すれば、
人間的な成長はもちろん、
経営者としても、
社員から尊敬され、
社会からも愛される
「歴史に名が残る成功者」
になれそうです。
ですが、逆説の10か条を実践するのは
簡単なことではありません。
だって、自分の親や子供ならまだしも、
赤の他人でわがままを言ってくる人を
愛することなんてできますか?
…普通に考えると難しいですよね。
ちなみに著者のケント・M・キース氏は、
逆説の10か条について
「利他の心を持つことで実践できる」
と話しています。
ですが、現実はそんなに簡単な話では
ありません。
実際のビジネスの現場では、
利他的な行動を取っていた結果、
・社員に舐められて、収集がつかなくなる
・取引先から都合よく使われる
・値引かれて利益が減ってしまう
といった悩みを聞くことも多いです。
では、どうすれば、
他人にいいように利用されることなく、
逆説の10か条のような利他的な行動を
実践することができるのか?
それは、
「利己的な目的のもとに
利他的な行動を実践する」
ということです。
たとえば、
・自分が楽に稼ぐために、
社員の定着率アップを考えて、
社員から愛されるために
逆説の10か条を実践する
・自分が長く成功するために、
社会から愛されることを考えて、
逆説の10か条を実践する
という感じです。
ここには2つのポイントがあります。
1つ目は、あなたにとっての
「利己的な目的」が、
相手にいいように使われることから
守ってくれるということです。
単純に利他的な行動を取っていれば、
あなたの善意を悪用しようとしてくる
人に対して無防備になります。
ですが、その利他的な行動の先に
あなたにとってのメリットがあるとすれば、
“悪用していると思っている相手”は
「あなたの手のひらで踊らされているだけ」
ということになります。
つまり、あえて利己的な目的を持つことで、
あなたの利他的な行動を悪意のある他人から
守ることができるということです。
2つ目のポイントは、
この考えはビジネスにおいても
合理的であるということです。
ビジネスの場では、
自分の利益だけを求めて好き勝手な
行動をしていれば、いずれ市場から
締め出されることになります。
アダム・グラント氏の書籍である
「GIVE&TAKE」で知られていますが、
稼げる確率が最も高いのは
「TAKER(奪う人)」ではなく、
「MATCHER(バランスを取る人)」
だと言われています。
なぜなら、長期的な関係の中では
いずれ「奪う人」は排除され、
大多数の「与えるだけの人」は消耗し、
結果的に「バランスを取る人」が
最も生き残りやすくなるからです。
それであれば、
「利己的な目的のもとに利他的な行動を取る」
ということは非常に合理的だと言えます。
とはいえ、
『利己的な目的を持ったら
利他的な行動とは言えないのでは?』
という声も聞こえてきそうです。
もちろん、本質的には
そうかもしれません。
ですが、
「利他の心を持って
利他的な行動を取ること」
と
「利己的な目的のもとに
利他的な行動を取ること」
において、
社会に発生する事象、
相手に発生する利益に違いはない
というのも事実です。
違いがあるとすれば、
それは”自分の中”だけです。
自分自身は
「利己的な目的のために
行動している」
と認識してしまうので、
本当の意味で利他的な行動を
実践できているとは言えません。
結果として、
せっかく利他的な行動をしているのに、
「自分は利己的に行動してしまっている」
と思ってしまい、その行動自体をやめて
しまう人も多いです。
ですが、第三者的に考えてみれば、
「利他の心を持てず、
まったく行動できない人」
よりも
「利己的な目的だとしても
実践していくことができる人」
は一歩も二歩も先に進んでいることが
わかります。
そして、だんだんと、
「利他的な行動をすることで
自分自身もメリットを受けられる」
ということが腹に落ちていくと、
本当の意味で
「利他の心をもって行動する」
ということができるように
なるわけです。
「やらない善より、やる偽善」
という言葉があります。
利他的な行動を実践する動機は
不純でも良いのです。
“それでもなお、人を愛せない”なら、
“人を愛せる利己的な目的”を探して
みてください。
桐生 将人
―参考図書:『それでもなお、人を愛しなさい 人生の意味を見つけるための逆説の10ヵ条』著:ケント・M・キース、出版:早川書房 (2016/9/8)
