こんにちは。
桐生です。
いきなりですが質問です。
「自己責任」とは
どういう意味でしょうか?
“自己”の”責任”と書くわけですから、
「自分の行動に対する責任を持つこと」
「自分の仕事の成果に対して責任を持つこと」
といった感じの内容を答える方が
多いと思います。
これ、正解です。
辞書で調べても、
「自分の行動・選択による結果は、
すべて自分自身が負うこと」
と出てきます。
ただ、もし、あなたが
「自分が本当に望んでいる
自分らしい人生を生きたい」
と考えているのなら、
この「辞書の定義」は
あなたにとっての足かせに
なります。
その理由は、
辞書の自己責任の定義では、
「他人や環境にコントロールされる
人生を生きることになる」
からです。
たとえば、あなたが
ある会社で営業職として
働いてたとします。
あなたは責任感のある優秀な営業社員で、
自分の担当するエリアの目標数字を達成し、
自分の責任を果たしました。
ですが、あなたの同僚たちは
やる気がなく、仕事をサボったり、
非効率な営業活動を行って、
目標数字を遥かに下回る数字しか
計上することができませんでした。
結果として、あなたの所属する
営業部全体の目標数字は未達と
なりました。
さて、こういった状況において
責任はどこにあると思いますか?
あなたは自分の任された数字を
達成しているので責任を果たして
います。
ですが、
このやる気のない同僚たちは
責任を果たしていません。
さらにいえば、
そういったやる気のない人ばかりが
集まっている会社やその営業部の
環境にも問題があると言えます。
このように考えていくと、
このケースでは、
「やる気のない同僚や会社の環境に
問題がある」
ということになります。
これが辞書的な自己責任の定義です。
ですが、もし、あなたが
「やる気のない同僚が悪い、
会社の環境が良くならないのが悪い」
と言っていたらどうでしょう?
もしかしたら、
やる気のない同僚が急にやる気を出したり、
会社の環境が急に良くなったりすることは
あるかもしれませんが…
そんな簡単な話ではありませんよね。
ここで問題なのは、
辞書的な自己責任においては、
「実は他責にしているものがある」
ということです。
つまり、
「自分の成果は自己責任」
と考えつつ、
「他人の成果は他人の自己責任」
と考えているわけですから、
これは自分から見ると、
「他責」だということです。
この「中途半端な自己責任」
というものが実は一番問題に
なります。
というのも、
自分は自己責任があると思って
しまっているので、
現状を打破するような解決策が
見えなくなってしまうからです。
結果として、辞書的な自己責任の
定義を持っている人は、
現状を変えることができず、
他人や環境に振り回される人生を
生きることにになってしまうわけです。
では、どうすればよいか?
それは、
自己責任の定義の中に
「自分」だけではなく
「他人や環境」も含める
ということです。
どういうことかというと、
「やる気のない同僚がいるのは、
その同僚が変わるように
自分が関わってこなかったから」
「営業部の環境が悪いのは、
自分がその営業部の環境を
変えようとしてこなかったから」
と考えます。
つまり、自分を取り巻くすべてのことを
自分の責任として捉えるということです。
結局は、他人や環境のせいにしても
物事を解決することはできません。
自分から他人や環境にアプローチを
することでしか現状を変えることは
できないということです。
だからこそ、
本気で目の前の問題を解決したいなら
「他人も環境もすべて自分のせいにする」
と考える必要があります。
そして、自分のせいにすることによって、
他人や環境のせいにしていたときには
見えなかった現状の解決策が見えるように
なってきます。
それによって、
自らの力で現状を変えていき、
自分の望む自分らしい人生を
生きられるようになっていく
ということです。
桐生の好きな言葉の1つに
「自由と責任はトレードオフ」
というものがあります。
たとえば、経営者は
「食えなくなっても自分のせい」
という責任を負っているから、
社員と違っていつでも休めたり、
決まった時間に出社しなくても良い
という自由があります。
責任を負えば負うほど、
自分の人生を自由にできる
ということです。
あなたはどこまでを自己責任だと
考えていますか?
その範囲を広げていく人だけが、
人生のコントロール感を取り戻せます。
桐生 将人
